トップメニュー旅とオフ会etc.惜別・出雲工業高等学校工業化学科 閉科記念式典

2002年12月6日(金)

惜  別
出雲工業高等学校工業化学科
閉 科 記 念 式 典

ニモ5が高校生活を送った出雲工業高等学校工業化学科(以下、C科と略す)が来年3月現在の三年生の卒業を以て閉科(学校自体では学年あたりのクラス数1減)となる。少子化による生徒数の減少と、基礎化学の高度化や産業構造の変化等、時代の趨勢は逆らえず58年の長きに渡る栄光の歴史に終止符を打つこととなる。
なお、工業高校といえば現在でこそ学力・技術力において大学・専門学校等に一歩譲るものの、出雲工業高校においては、全国工業高校標準試験(専門科)において10年以上も連続で学校別成績全国一となるなど、優秀な成績と就職実績をおさめ、全国の企業人事担当者による出雲詣の伝説を打ち立てたほどである。

本日、C科閉科事業の一つであった記念碑の建立が行われ、これに合わせて閉科記念式典が行われることとなり、ニモ5も参加させていただいた。
現在では退職なされた恩師とも久しぶりに顔を合わせる事ができたことは非常に有意義であった。
ブルーカラーを教育する高校においては、各科が一つの学校のような雰囲気もあったので、今回の措置は廃校に近い惜別の感がある。
大変残念ではあるが、今後も出雲工業高校の卒業生として後輩達を見守って行きたい。



出雲工業高校工業化学科閉科記念講演会

C科閉科事業のメインである記念式典のなかでも、いちばん時間を割いて行われたのが記念講演でした。
全校生徒及び全職員、卒業生および旧職員が出席して学校体育館(兼・講堂)にて行われた講演は、『人生で最も大切なこと −人間は一生が勉強−』という題目で、堀江修二氏(昭和29年卒)により1時間余に渡った大熱弁でした。
ニモ5は途中から体育館2階へあがって眺めましたが、予想外にも(失礼!)生徒の私語などは少なく良い講演会でありました。

ニモ5がこの体育館に入ったのは、卒業式以来なので20年弱ぶりのことでした。内外装共に在学時のままでしたので、2階の床が歩くたびに軋み音をたてて困りましたです。・・・
なんでも、再来年には全面改築が予定されているとのことで懐かしいこの体育館に入るのも今回が最後となったのかもしれません。
(来年頃寄付よこせと言ってきそうなヨカーン!!)

出雲工業高校工業化学科閉科記念パーティー

C科閉科事業の一つとして企画されていた記念パーティーが、18:00より出雲ロイヤルホテルにて、卒業生(昭和23年卒〜平成12年卒)・旧職員・PTA会長・学校現職員の総勢80名余の参加で盛大に催されました。
パーティーでは実行委員長・学校長挨拶のほか、C科発足時から全盛期にかけて33年間に渡って教壇に立たれた 森 勉 先生の小講演も行われ58年間のC科の歴史を振り返りました。
乾杯のあと、大先輩に取り囲まれたテーブルで歓談中、恩師から『5分間ほどスピーチせよ。』という依頼(命令とも言う)を仰せつかり、学生時代の教師の悪口で5分間を埋め尽くしました。酒宴の席でのスピーチですから半数以上はガヤガヤ状態であり、降壇後に学校長が酌にこられた際にニモ5が『今日の講演会中の生徒の態度は大変良かったですね。』と言ったところ、校長から『御勘弁ください。お恥ずかしい限りです。』と恐縮された。あとで考えてみると皮肉と取られたのだろうか?(笑)
2時間ほどのパーティーはあっという間に終宴の時を迎え、最後に出雲産業高等学校校歌・出雲工業高等学校校歌を熱唱。その後、C科非公認!?(激ヤバ)唱歌化学の唄まで飛び出し、全員で万歳三唱しお開きとなった。



工業化学科閉科記念碑
C科閉科記念碑は、C閉科事業実行委員会に寄せられた寄付金を原資に、科の略号Cと化学実験の必需品であるアルコールランプをデザインした三色の御影石で造られた。
この記念碑は、工業化学科実習棟を見渡せる場所に建立され、2002年12月6日・C科閉科記念記念講演会に先立って行われた除幕式において披露された。

関連ページ
出雲工業高校
http://www.izumo-th.ed.jp/

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先生にも聞けなかった疑問なんですけど、
万が一、今の3年生から落第(留年)者が
出ちゃったらいったいどうするんですか?
行くトコがないので強制退学ですか??
校長先生を小一時間問い詰めたい(藁)