トップ/メニュー/旅とオフ会etc./寝台特急 出雲 オシ24 乗車オフ

| 東京−出雲市間に運転されている寝台特急出雲は、1951年(S26)11月25日改正で東京−大社間で運転をはじめた
急行いずも にその歴史をスタートさせ、以来運転区間・車輌の変更、特急格上げと変遷を経て、1976年(S51)10月2日改正で現在の車輌である24系25型客車が就役しました。ブルートレイン最盛期には鉄道ファンならずとも憧れの列車として君臨し、その存在感は格別でありました。 しかし、時代の流れと共に古き良き時代のブルートレインも色彩を失い、日本各地で活躍し続けた寝台特急列車たちも 次々とその役目を終え、惜しまれつつも廃止されていくという事態が続いています。 その中にあって、寝台特急出雲は東京口の5系統の列車のうち最長の9両編成を誇っている。 編成は、国鉄時代を彷彿とさせるB寝台車オハネ25・オハネフ25、個室A寝台車オロネ25、荷物電源車カニ24、そして食堂車オシ24で編成されています。かつては東京口のブルートレイン四天王(富士・はやぶさ・あさかぜ・出雲)に連結され、ブルートレイン黄金時代に供食サービスを支えたオシ24型食堂車も 現在では出雲(3レ・4レ)のみの運用となり 食堂営業も休止してフリースペースとして提供されるにとどまっています。 このたび、ブルートレインのオリジナルスタイルを現在に伝える出雲に乗車して、思い出話に花を咲かせることを思い立ち同志を募集したところ、ニモ5を含め6名の賛同を得て今回の会合が実現の運びとなりました。 何分、鉄道好きの会合を一般の列車でしようとするのであるから、多少傍若無人の振る舞いもあったと思う。乗り合わせた他の利用者、JR関係者各位にはこの場を借りてお詫びするとともに、ご理解を頂戴したことに感謝いたします。 |
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| 参加者 TAT卿(出雲市発・松江着)、咲PET(同)、ホワイティー(出雲市発・米子着)、なかうみ地域鉄道部+ご子息2名(米子発・米子着)、米検(西出雲発・西出雲着)、不肖ニモ5(同)の全部で8名と盛会でした。 また、出雲市から米子までの間、埼玉からお越しという鉄道ファンのご一家(文中・埼玉ファミリー)とも一緒に旅することが出来ました。 おふれぽ 330D 普通列車・出雲市行 西出雲→出雲市 今日から山陰地方は梅雨入りしたとのことで、雲が低くたれ込め、午前中は雨に降られるという天候だったが、この時間になって雨も上がり、なんとか傘要らずで動けそうだ。16:25 西出雲駅ホームで米検氏と合流。列車はすでに出雲神西駅を出発しておりヘッドライトがゆっくりと接近してくる。キハ126×2両の普通列車は60名ほどの客を乗せ出雲市へと向かった。雲は低くたれ込め薄暗い。天気がよければこれから乗車する特急出雲を撮影するべく沿線へと繰り出すところであるが、今日に限ってはそんな気も起きないので、心おきなく車中の人となれそうだ。 列車はわずか5分で終点 出雲市に到着。あらかじめ準備していた西出雲→鳥取の乗車券に途中下車印と入鋏印を押してもらい途中下車。コンコースでTAT卿・咲PET・ホワイティー各氏と合流し、食料の調達に出掛ける。 ニモ5は、出雲市駅南口から徒歩3分のところにある回転寿司しーじゃっくに予約しておいた折詰寿司を受取りに行くのだがなぜか全員が同行。結局全員が寿司折りをぶら下げて出雲市駅へと戻っていくのであったwwww |
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4レ 寝台特急 出雲号・東京行 出雲市→鳥取 17:18 出雲市から寝台特急出雲となる回4列車は1番線に定時入線。人数こそ少ないものの乗客が機関車の写真を撮ったり、列車をバックに記念撮影をする姿が見受けられる。出雲市から参加の5名も
米子までこの列車を牽くDD51 1188をバックに記念ツウホウw一目でわかる鉄道ファンファミリーが機関車のところで記念撮影しているので御挨拶。パパママ&男児2名の4人家族。聞けば 埼玉からお越しとのことで、米子までこの出雲号で行き、米子からはサンライズ出雲でお帰りなるとのことだ。我々は5号車(オシ24)に乗車する旨お話しして乗車口へと向かう。 今日は、このところ慢性化しつつあるダイヤの遅れもなく、出雲市行の1015M
特急やくも15号も17:38の定刻に到着した。我々の列車はこのやくも15号の到着を受けて出発となる。4列車のホームを挟んで隣の2番線には、17:51発の1038M 特急やくも28号が待機中で、その運転士が偶然にも知人であったたので軽く挨拶をしてから出雲に乗り込んだ。 |
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5号車 オシ24−702 車内![]() オシ24−702には、4人掛けテーブル席が6つと細長いテーブル付きのラウンジ席があります。 厨房脇の通路壁面には手洗い場、出雲市方の車販準備室跡は喫煙スペースとなっています。 また、喫煙スペースにはカード式公衆電話が併せて設置されています。 車内は、夜空をイメージしたクールな装飾が施されており、天井中央に並んだミニシャンデリアは 両側に並んだ埋め込み式ダウンライトと併せ、暖かみのある落ちついた照明となっています。
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国鉄のころであれば、長い発車ベルのあとドアが閉まり、機関車の一声で列車はゆっくりと動き出したものだが、現在ではそのほとんどの所作が省略されており、乗客の立場からすれば前触れもなく
いきなり列車が動き出す。電車や気動車の加速からすると非常にゆっくりとしたペースで加速。出雲市駅の構内を抜けたところで列車の停車駅案内、立席乗車の諸注意など、斐伊川(写真)を渡り切るまで続く長〜い車内放送がある。我々の乗車した5号車オシ24-702号車にはテーブル2席を占有した我々と、ラウンジ席でくつろぐ埼玉ファミリーの計9名が乗車。本来なら立席特急券では、B寝台の3・4号へ乗ることに決まっているのだが、フリースペースとして提供されている5号車については車掌による特認となっているようなので甘えさせていただく。 放送終了後すぐに車掌が検札にまわってきた。寝台特急出雲は、客車こそJR東日本・尾久客車区のものだが、車掌はJR西日本・米子車掌区所属の列車長および専務車掌が東京までの全区間に乗務する。 5号車には、宍道から1名、松江から1名が乗り込みそれなりに埋まってきた。 |
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| 米子では機関車交換のため14分停車する。機関車交換を見物しようと皆でカメラを携え、乗客のほとんどいない6・7号車(B寝台車)を通り抜け、先頭の8号車デッキまで移動。米子から合流予定のなかうみ地域鉄道部氏も どうせこの辺りに居るに違いない!www | ||||||||||||||||||||
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18:50 定刻に米子に到着。予想どおりなかうみ地域鉄道部氏が2人のご子息とともに待ち構えていたw![]() 列車前方では機関車の交換作業が行われている。米子でお別れの埼玉ファミリーも食い入るように見学中。ご長男は殊の外ご満悦だ。8号車と機関車を繋いでいるブレーキホースが外され、連結器のナックルピンが緩められる。操車係の誘導により、昨日の4列車からの実走800kmに及ぶ仕業を終えた DD51 1188 が列車から離れ、引き上げていく。 |
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![]() 続いて、鳥取方の引き上げ線に待機していた
ここから先の区間、特急出雲を牽引するDD51 1121がゆっくりと接近。 出雲市側のデッキ手摺りにはビックリするほど綺麗なヘッドマークが掲げられている。明日の3レは是非とも撮影せねば・・・ 機関車は、客車の手前で一旦停止。連結器のナックルを開いたあと誘導係の指示でじわじわと後退。カシャンという音とともに8号車と連結した。 すぐにブレーキホースが接続され、ブレーキ試験のため空気が通ったり抜けたりする音がホームに響く。 |
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残りの停車時間を使い、神級の美しさを誇るヘッドマークを掲げたDD51 1121をバックにまたもや記念ツウホウwなかうみ地域鉄道部氏がどっかへ行ってしまい、ご一緒いただけなかったことが心残りだ。 発車まであとわずか。ホームの売店でビールを買い足し、列車に戻るとすぐに発車。ホームで見送る埼玉ファミリーに手を振ってお別れした。 米子からは背広集団が7名乗車。テーブル席も一気に埋まったので、一般利用者の邪魔にならないよう先程まで埼玉ファミリーが占領していたラウンジ席に移動。簡単な造りであるが柔らかいシートで座り心地はすこぶる良い。ぶ厚い雲に西日は遮られ、窓の外はすっかり暗くなった。寝台特急出雲は米子以東では線形の良い山陰本線を快走する。小刻みに響くジョイント音は昨今の車輌とは較べものにならないほどに低く、ブルートレインの静粛性の高さを物語る。 24系客車のクオリティーの高さをあらためて実感し感動する一同。 ラウンジ席の我々は酒の酔いも手伝い、すっかり和んで会話もはずむ。一方、米子からご乗車の背広の集団もビール片手に談笑している。そう!思い出した。この雰囲気こそ
往時の食堂車がもたらしてくれた旅の快楽だ。かつて出雲号に乗車した際、知らない人と あれこれ他愛もない話をしては酒を酌み交わしてて盛り上がった懐かしい旅の記憶が沸々とよみがえってくる。 至福の時間は 闇に流れる一点の光のごとく 瞬く間に過ぎ去っていく。20:10 我々の旅の終点鳥取は目前だ。ずいぶんとカネの掛かったオフ会ではあったが、開催できて本当に良かった。 誰かが、この列車で東京へ行くことがあればまたやりましょうと皆で半ば冗談のような約束をした。 車窓右手には暗い湖山池が広がっている。さあ身支度を整えよう。 |
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鳥取には定刻の20:22到着。我々は荷物をまとめて列車を降りた。なんと5号車の乗客はすべて鳥取で下車してしまい、ヒルネ区間の終わりとともに誰一人居なくなってしまった。その他にも鳥取で数名が下車。思いの外
地域の足として利用されているようだ。もっともその分寝台利用者も減っているわけで手放しには喜べない。B寝台車はどの車もかなり空いているようだったが、いったいどれぐらいの利用があったのだろうか?下車する段になって、寝台特急出雲の行く末を案じさせられた。 ![]() 一行はここで解散し、それぞれに今来た鉄路を再び辿り、米子・松江・出雲へと帰ることになっている。 当初、米検氏とニモ5は21:06発の普通列車(267D)に乗って、米子で乗り継ぎ翌0:01に出雲市へ帰着し、タクシーで帰宅する予定であった。 しかし、酒の酔いですっかり面倒になってしまい急遽 20:34発・2019D 特急スーパーまつかぜ9号で帰ることにした。なにせ時間が10分しかないものだから急に忙しくなった! 改札を出て、まずはKioskで鳥取県限定みやげ を買う。すぐさまみどりの窓口へ駆け込んで米子までの自由席特急券を買って再び改札を入る。キハ187系3両編成の列車に乗り込んだら すぐに出発だ! |
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2019D 特急 スーパーまつかぜ9号・米子行 鳥取→米子 結局、参加者全員がこの列車で帰途に就いた模様w山陰のスプリンターとして営業成績を大きく伸ばしたこの列車は、特急出雲とは対極的な列車である。鳥取駅を出発した途端にエンジンの轟音と共にグングン加速する。従来の車輌とは比べものにならない加減速性能の高さ。シートの座り心地こそ良いものの、エンジンの騒音、車体のビビリ音など、トータルの快適性となるとずいぶん後退してしまったような気がする。 ギヤ変速でかかるエンジンブレーキは体を揺すり、加減速時の騒音は慣れない人でなくとも気になるところであろう。トンネルに入るとき大きな窓は 気圧の変化により車内に向かって歪み、耳ツン現象を引き起こす。走行エンジンにより発電するため、加減速時の機関回転数の変化につれて車内照明の照度が目まぐるしく変化する。 速度と引き換えに快適な空間というのが失われたのか・・・・それとも車輌自体の造りが陳腐なのだろうか・・・・ 山陰のスプリンターは圧倒的な走行性能を発揮し、59分後には我々を米子駅へと送り届けた。表定速度 94.2km/h!自動車には絶対にマネできない!! |
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149D 普通列車 西出雲行 米子→西出雲 米子でホワイティー氏、なかうみ地域鉄道部親子と別れキハ126×2両の149D普通・西出雲行の乗客となる。ここから先は、寝入ってしまっても大丈夫だ。しかし、そんなときに限って何故か会話がはずみ
寝られないものだ。松江でTAT卿・咲PET氏が下車、遠路お疲れさまでした。 列車は直江で下車客の扱いに手間取ったため22:54、定刻より2分遅れて西出雲に到着。長かったような短かったような・・・・とにかく慌ただしかったオフ会のお開きとなりました。 |
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行 程
![]() この旅で使用した切符 総額7,550円也 |
2005/06/13 Update