トップメニュー旅とオフ会etc.2005〜2006 年末年始乗りテツ&オフ会旅 3日目


3 日 目
2006年1月1日

05:00 起床。 新年明けてまずは、朝風呂に入る。 神戸クアハウスは、本来24時間営業のお風呂屋さんなので、いつでも入浴できるのが嬉しい。
05:30 身支度を整えチェックアウトする。
 初詣は、神戸クアハウスから三ノ宮駅方面に間近の二宮神社へのお参りとなった。
 三ノ宮なのに二宮とは是如何にという御仁もお在りだろうが、神戸には あの阪神淡路大震災で拝殿が倒壊し、今では立派に復興を遂げた生田神社という有名な神社があり、そこを囲むように一宮から八宮まで数字のつく神社が点在しており、八宮巡りという言葉があるぐらいだ。
 八宮巡りについては、ネットを隈無く探せば詳しい紹介記事を見付けることも出来るであろうから詳しくは書かない。 というより、やってないことは書けない。
 朝早い時間ということもあってか、参拝客は他におらず、大都会の真ん中で霊験灼かなる時間を過ごすことができた。 おみくじを引いてみたが、早い話自分を戒め精進に励め。 慎ましやかに生きろ。 というお告げを頂戴した。
 せっかくのお参りなので 記念に干支の土鈴を授けていただき、本日の出発駅である三ノ宮駅へと向かった。
(10)三ノ宮→新大阪 704K 快速
三ノ宮駅で青春18きっぷの5回目の欄に入鋏印を押してもらおうと駅員さんにお願いしたら、昨日の夕方 訂正印を押してもらった方だった。 5回目の欄に途中下車印が押してある事情を説明する手間が省けた。
 聞けば 昨夜実施された終夜運転の間中ずっと駅務をこなされていたとのこと。 お仕事とは言え ご苦労なことである。
 朝早くからここに来たのは、上りの 快速ムーンライト九州をビデオ撮影するためだ。 EF65 1120 牽引の14系客車は2分遅れて外側線のホームに到着し、06:03 に慌ただしく出発していった。
 それを追いかけるように乗車予定の704K・米原行 快速電車(223系12両)が内側線のホームに到着。 これに乗らないと、新大阪駅で 583系電車 502M・急行きたぐにを撮影することが出来なくなってしまう。
 06:05 ビデオカメラを載せたままの三脚を担いで先頭車に乗り込んだらすぐにドアが閉まって発車した。
 暗闇の中を大阪方面に向かって加速する。 遙か前方には、先発したムーンライト九州の後ろ姿が近づくが、こちらは停車駅が多いので追いつきそうで追いつかない。 結局、住吉(すみよし)停車中に完全に引き離され、それから後には その姿を見ることはなかった。
 列車は まばらな乗客を乗せ、定刻の 06:38 夜明け前の新大阪駅に到着した。

 この時間の新大阪駅は、夜行列車の到着が相次ぐので面白い。 ただ、冬場だと まだ夜が明けきっていないので、スチルでの撮影には厳しいものがあろう。 
 502M・急行きたぐには、06:43に下りホームに到着する。 列車番号から見ても判るとおり 上り列車であるが、北陸系統の長距離列車は、大阪に向かってが上りとなるため、東海道線を西へ向かうことになる。 よって、この辺りは 同じ方向に向進む列車であっても偶数と奇数の列車番号が混在する線区であり、出雲近辺とは勝手が違う。
 時間がほとんど無いので、朝っぱらから新大阪駅の広いコンコースを走るはめに・・・・ なんと忙しい!と思いきや、502Mは 4分遅れの運転だったので余裕で間に合った。・・・・なんだかなー。。。
 ともかく無事撮影終了。

101レ 寝台急行 銀河
 急行きたぐにと同じホームの反対側に入線する 101レ 寝台急行銀河をビデオに収めるべくセッティングしていると、昨夜連絡をくれた方と思しき方が、こちらに向かって歩いてこられるのが目にとまった。
 その方とお会いするのは初めてで、1年以上も前からずっとお会いしたいと想い続けていた中国鉄道研究の第一人者である 鉄軌星斗氏 その人だ。
 この旅行に際しては、事前に連絡してスケジュール調整を図ったのだが、氏のお仕事の都合と こちらの行程がどうしてもかみ合わず 泣く泣く諦めていたところ、昨夜になって元日の午前中だったら何とかなる旨の連絡が来たのだった。
 先般開催した 一畑電鉄貸切りオフ会お座敷電車でGo!5号と知人の結婚披露宴が重なったため、参加できなかったのが心残りだったらしく、多忙なスケジュールを調整をして お時間を作っていただいたようだ。 心より感謝申し上げたい。


32レ 寝台特急 なは・あかつき
 それからしばらくの間、2人でお喋りしながら駅撮りを楽しんだ。 ビデオ主体の撮影だったので、スチル写真はあまり良いものは無いが、撮影そのものよりもしゃべりの方が面白い。 いったい何しに来たのやら・・・
 お会いしたら是非聞いてみたいことが いくつもあったはずなのに、いざ 実際にお会いしてしまうと 他愛もない話に終始してしまい、すっかり忘れていた。

 昼間の特急列車を幾つか撮影したところで、少しずつ日の加減が良くなってきたので 鉄軌星斗氏のお薦めにより、手軽な駅撮りポイントである吹田駅へと向かうことにした。
(11)新大阪→吹田 1110B 普通
各駅停車のりばへと向かい、ちょうど入線してきた電車に飛び乗る。 この旅初めての201系電車だった。 201系なんて いつから乗ってないのだろう? 関西に来ても、新快速や快速ばかり利用するので、普通列車に乗る機会などほとんど無いので、恐らく18年前の在京時代に中央線で乗って以来かも・・・・??
(写真は、同じ201系でも乗車したのとは別の列車 大久保行というマイナーなやつ@新大阪)
吹田駅にて撮影したものの一部

2023D 特急 ワイドビューひだ23号

4005M 特急 雷鳥5号

321系 通勤型電車

激減中の 207系 青帯車

207系 新塗色車
 08:05 吹田駅に降り立ったのは良いが、ニモ5はどこらヘンが良好なポイントかなど知りもしないので、鉄軌星斗氏の後について行くだけ。
 ガイド付きというのは、楽と言えば楽だw
 これから久々に関西での撮影行となるのだが、所詮は駅撮りなので影がどうこうと言う批判は甘んじて受けるが全部聞き流す。
 都会の方には笑われるかもしれないが、ここ暫く 国内旅行に時間を振り向けていないこともあって、山陰以外の地で見る鉄道はとても新鮮だ。
 なんと言っても、本数が多い!ww 08:38 の電車で引き上げるまで 30分ほどの間に、上下23本もの列車が往来する。
 本数だけでなく、車種も多様で 撮影するだけでなく、ただ眺めているだけでも飽きがこない。
 飽きはこないが腹は減るw 腹が減っても戦は出来るが、鉄軌星斗氏と腰を落ち着けて話をしていないので、とりあえず朝メシにしましょうと言うことになり新大阪まで戻ることにした。

(12)吹田→新大阪 1123B 普通
跨線橋を渡っている最中に入線した大阪方面行き電車に飛び乗った。 メモを元に後ほど調べたところ1123B 宝塚線(福知山線)直通の電車で207系であったが、跨線橋から駆け下りて そのまま飛び乗ったので塗色は知らぬ。

朝メシオフ
 新大阪駅のレストラン街であれば何とかなるのではないかと戻ってきたのだが、元日の朝早くだと開いている店もまばら。
 大のオトコ2人で迷っていても仕方がないので、とりあえず突入しておいてあとは野となれ山となれ。(中国に行くといつもそうなのだが・・・)
メインメニューがカレーとパスタという、いかにも喫茶店というラインナップであるが、 2人揃ってカレーに即決! いや〜ぁ、気が合いますなぁw・・・

シリアルでやたらと嵩上げしてある件
更にメニューを読み進めていくと、パフェの文字が・・・・・ パフェ初めか♪ とは思うが、大のオトコ2人のうち、片方がパフェを食すのを傍観するというのもイタい画だろうから、鉄軌星斗氏にお許しをいただこうと思ったところ、許可どころか ガッチリ握手(はぁと) いや〜ぁ、どこまでも気が合いますなぁwwwww 鉄軌星斗氏はフルーツパフェニモ5チョコレートパフェをオーダーし、にやけて去っていくオバサン店員を尻目に 朝っぱらから静かに盛り上がる。
 客の入りもないので1時間ほど居座り、ゆっくりとお話ができた。
店を出る。 近いうちの再会を約束し、京都へ向かうべく鉄軌星斗氏と別れた。 味気ない新年の幕開けになるはずだっただけに、良いお年玉でした。

(13)新大阪→京都 3220M 新快速
 13番ホームに降り立つと、間もなく 09:49発の3220M 新快速・野洲行が入線した。 新大阪を出発した電車は ぐんぐん加速し、東海道本線の上り列車線(外側線)を快調に飛ばす。 左右の線路を走る 特急から普通まで様々な電車たちとひっきりなしにすれ違う。 この前面展望と スリリングな駅の通過が新快速電車の醍醐味だ。
 順調に運転していた列車だが、摂津富田(せっつとんだ)を通過した辺りから急減速。 前方の信号はG現示(進行=信号機による速度制限なし)なのにどんどん減速・・・、そして、とうとう本線上で停止してしまった。
 すぐに車掌から運転士に何やら電話連絡があり、続いて車内に放送が流れた。>>実際の放送(MP3型式)<<
 ピピピピ・・・・という音は、列車防護無線装置の警報音で、列車防護無線を受信した際に鳴動する。 この保安装置は、通常の信号系統とは無関係の運転障害が発生した場合や、列車乗務員が重大な危険を察知したときに周囲の列車全てを速やかに停止させるための警報装置で、警報を聞いた乗務員は、直ちに列車を停止させる扱いをすることが義務づけられている。
 緊急に危険回避をするには最も効果的な方法ではあるが、無指向性に発報された電波を受信した全ての列車が線区や進行方向に関係なく停止するので、影響が大きいのもその特徴だ。

 放送後の車内であるが、平日の朝のラッシュ時だったりすると車内の雰囲気は一気に悪くなるところだろうが、元日の朝で乗車率も座席こそ埋まっているものの立ち席は少な目、223系電車にはトイレも完備されていると言うことも安心材料となってか 皆静かに運転再開の報を待っている風情。 約1名気を吐くオッサンがいたものの、落ち着いた雰囲気で静かな時間が流れていく。
 運転席の列車無線機からは、運転指令と各列車との連絡が途切れることなく続いており、運転士も車掌と連絡を取りながら情報収集に当たっている。
 程なくして、防護無線発報地点は高槻駅構内東側で、原因は 踏切内に入が立ち入り、それを発見した列車の乗務員によって発報されたものであることが判明し、その情報はすぐに車掌の放送により乗客に伝えられた。
 緊急停止から約10分後、運転士は左手に列車無線のマイク、右手には車掌との連絡に使う車内電話の受話器を持って忙しそうに連絡を取っている。 そして停止から11分後、車掌のブザーによる発車合図でようやく運転再開。
 ほぼ同時に、内側線を走る普通列車も運転再開したらしく、次の停車駅高槻(たかつき)で緩急接続の措置がとられ2分近く停車し、13分遅れで出発した。
 新快速列車は、制限速度いっぱいでダイヤが組んであるためか その後も遅れを持ち越し、京都に到着したのは、13分遅れの 10:25のことだった。

 京都駅でも、電車の遅れについて逐一放送されていた。 
 京都駅は、大阪中心のアーバンネットワークに加え 湖西線・奈良線・山陰線など、運転系統が多く、車輌の種類も一段と多くなり、ず〜っといても飽き足らないのだが、本日は金閣寺へ参拝した後、お昼過ぎの列車で山陰線をひたすら下って帰雲する行程を組んでいるので 長逗留するわけにもいかず、後ろ髪引かれる思いで嵯峨野線(山陰線)のりばへと向かった。

103系、113系、221系、321系、223系、117系がズラリと顔を揃える。さながら展示会の様相(京都)

 嵯峨野線のりばは、0番のりば(旧1番のりば)の西方に突き出すかたちで設けられている。
 昔は、山陰1番、山陰2番と称された頭端式ホーム1面2線であったが、今では列車本数の増加に対応して3面4線となり、30〜34番となっている。 なお 2006年1月現在、30番のりばからは 特急たんば1号が出発する他は、専ら関西空港行の特急はるかの発着となっている。 また、34番のりばは 33番のりばと同じ1条の線路を挟むように向き合っており、降車専用となっている。
 嵯峨野線の列車は 一部の例外を除き、特急が 31番、普通・快速は 32・33番のりばからそれぞれ出発する。
 なお 余談だが、いくら運転系統の多い京都駅と言えど、実際に30本以上の発着線を有しているはずもなく、1番及び15〜29番は欠番となっている。 なぜ嵯峨野線のりばが20番台でなく30番台になったのかと言うと、陰線さんにかけて命名されたとのことである。 旧1番線が0番線に改められた経緯については知らない。

(14)京都→円町 1235M 普通
 32番のりばに停車中の国鉄時代の姿を色濃く残した113系電車の乗客となる。
 金閣寺の最寄り駅である円町(えんまち)までは3駅、所要時間9分のショートトリップだ。
 10:55 定刻に京都を出発。 速度を上げる間もなく丹波口、二条と停車していく。 更に高架線をゴトゴトと走り、丸太町通りに沿って西へと進行方向を変える。 車窓右手に左大文字の山が見える様になると程なく到着となる。
 列車だと 僅か9分であるが、交通渋滞の激しい京都市内では、車での移動だと下手をすれば、その3倍では済まないほどの時間がかかってしまう。
 JR円町駅は、2000年9月に開業した新しい駅で、島式ホーム1面2線の交換設備を有する。
 西大路通りと丸太町通りの交わる円町交差点のすぐ近くにあり、円町交差点の周囲には円町(西日本JRバス)・円町駅前(京都バス)・西ノ京円町(京都市交通局)のバス停があり、市内西部の交通の要衝である。

西ノ京円町→金閣寺道
 京都市交通局 バス205系統

 円町駅から金閣寺へは、西ノ京円町(にしのきょうえんまち)バス停から京都市交通局の市内バス204系統または205系統に乗り、金閣寺道(きんかくじみち)で下車するのがベストである。
 11:09 通りかかった205系統のバスに乗車。
 車内は、小学生の集団により超満員で、荷物の多い身としては難儀した。
 この沿線には、神社が多いのだが、元日の初詣に自家用車を使う人など極めて少数派なようで、道路は空いていた。 バスは、5分少々で金閣寺道バス停に到着したのだが、大勢の下車があり バスから脱出するのに3分も要してしまった。 運賃は、市内均一の220円也。

金閣寺(北山鹿苑寺)参拝
心配された天気も 曇天の予報が良い方にはずれ、久々に思いついた金閣寺の参拝には もってこいの日和となった。
金閣寺道のバス停から100mほど西に黒門、さらに進むと総門がある。 総門の内側に 受付けがあり そこで拝観料400円を納める。
 拝観券を受け取り 順路に従い門を構えた改札口(?)で拝観券を見せると、パンフレットをくれるのだが、受け取った瞬間にアドレナリンが噴き出した!

なんだコリァ?

オワットル orz...


ナゼハングル?・・・・・シカモイチバンウエカヨ・・・・・・

これじゃあ カクジ じゃねぇかよ!



 ・・・・・気を取り直して歩を進める。 金閣を眺めるのに最適な鏡湖池の周囲には たくさんの参拝客の人垣が出来ている。 外国人がやたらと多いのがここの特徴かも知れない。
 皆さん時間がないのだろうか? 写真を撮った者から次々と順路を進み立ち去るので すぐに最前列まで出ることが出来た。 

THE 金 閣
こうして見ると

3層の造りがそれぞれ違うことが わかりますな。

それにしても



文句なしの




>> 金閣 Movie clip <<
1.01MB / 37sec




金閣の天に立つ鳳凰。立派なもんですなぁ。

光り輝く、ゴージャスなサイドビューです

光り輝く股間w


 それにしても、禅寺とは思えぬバブリーな建築物だが、金閣そのものは元々寺ではなく、足利義満が建てた北山殿という山荘であったのを、義満の没後、遺言により禅寺としたとのこと。 ちなみに金閣寺というのは通称であり、北山鹿苑寺(ほくざんろくおんじ)という名が正式である。
 それ以上の詳しいことは知らないので書きようがないので、臨済宗相国寺派のWebをご覧いただきたい。www
 
 順路を進むと、鏡湖池を反時計回りに半周ほどして金閣の後ろ側に回り込み、後に控える山に登るようになっていた。 なお、一旦入口から境内にはいると、この山の上までトイレが無いので、事前に済ませておくことが無難である。
 山の上にある不動堂にお参りする。 すぐ隣には、茶屋と土産物店があり、一時足を休めるのに都合がよい。
 茶屋からは客を呼び込む声が絶え間なく聞こえてはくるものの、金閣の煌びやかさとは違って、穏やかでゆったりと落ち着いた雰囲気なのがよい。
>> 不動堂 Movie clip <<
0.97MB / 36sec

 不動堂の脇で、3カ国語のおみくじを授ける自動券売機(!?)を発見! 話のタネにと1冊授けていただくことにしたのだが・・・









読めない件・・・ orz...




金閣寺道北野白梅町 京都市交通局 バス204系統
 金閣寺をあとにして時計に目をやると、帰りの列車まで1時間ほど時間ある。 もう少し見て回れそうだが、この近辺だと枯山水の庭園で名高い龍安寺(りょうあんじ)と、学業の神様・北野天満宮(きたのてんまんぐう)が有名どころだ。
 どちらにしようかと迷ったが、間近に大学受験を控えた甥っ子と、この春 日本語能力試験を受験する上海のつばめ君にお札を授けていただこうと、北野天満宮に参詣することとした。
 円町方向へのバスならどの路線でも良いのだが、最初に来た204系統バスに飛び乗った。
 金閣寺道から北野白梅町(きたのはくばいちょう)までは約1.5km。 12:07乗車〜12:12下車。 ここから北野天満宮までは徒歩5分ほど。
 鳥居から続く参道には、たくさんの露店が軒を連ね、大勢の参拝客がその間を通って、ゆっくりと進むのが見える。 初詣に加えて受験シーズンということもあり、ものすごい人出だ。
 さて、鳥居をくぐり参道へと入ったのはよいが、人の動きがゆっくり過ぎて なかなか前へ進まない。 その上、予想していたよりも長い参道で、奥に進むほど幅が狭まっている。
 本当なら、露店を冷やかしながら歩きたいのだが、重いリュックに三脚まで担いでいる上にこの参拝ラッシュで、その気にすらならん。

それにしても

神域で巻きグソを販売するというのは

いかがなものかと・・・



 もうずっと大渋滞で、ようやく楼門まで到達したのは、バスを降りてから20分以上も経ってから。・・・
 元日に来てしまったことを後悔するも、ここまで来ると引き返しようもないので、そのまま進む。

 ようやく境内に入る。 時計に目をやると 12:37か・・・・ 遅くとも円町 13:12発の列車に乗りたいので、本殿に参拝する時間がない orz...
 やむを得ず そのまま授与所に赴き、お札と破魔矢を授けてもらい 天満宮を後にした。 授与所の巫女がとびきりの美人だった件・・・・
 まさか、こんなに時間がかかってしまうとは思わなかった。
 いい年して脱兎の如く駆け出すのはよいが、帰り道も またあの参道を戻るのかと想像しただけで憂鬱になる。
 と その時、楼門の脇に出口を発見。 小高い丘になっている境内から楼門の外を見やれば、参道の脇が駐車場になっていることがわかり、人気の少ない通路を駆け抜ける。
 息を切らせながら来た道を走って帰り、12:50 北野白梅町のバス停まで戻ってきた。
 交差点の西側には京福北野線の北野白梅町駅が構えている。 当初の予定では、ここから京福電車を嵯峨駅前(さがえきまえ)まで乗車して、嵯峨嵐山(さがあらしやま)から山陰線で帰ろうかと考えていたのだが、時間がないので次の機会に持ち越すこととなった。

北野白梅町→西ノ京円町
 京都市交通局 バス204系統

 12:53 最初に来た円町方向のバスに飛び乗ったら、先ほど乗ったのと同じ204系だった。 乗車からわずか3分で西ノ京円町のバス停に到着した。 結果余裕で間に合ったw
 京都市交通局のバスには600円の一日乗車券があり、3回乗車すれば元が取れることが車内の広告で判明 orz...

(15)
円町→亀岡 1243M 普通
 乗る予定の列車に間に合うどころか、1本前の列車にも間に合ってしまったw
ホームに上がったところで入線したのは、13:04発の亀岡(かめおか)行。
 どうしても乗らなければならない列車ではないが、ホームで待っているよりも電車で揺られている方が楽しいので乗車し亀岡まで移動。 亀岡では、同一ホームでの乗換えかと思いきや、折り返し列車は下り本線から見て いちばん遠い線へと誘導され、結果 跨線橋を渡る羽目に・・・
 それにしても、京都市内からわずか15kmほどの場所なのに、どう見ても西出雲よりも田舎にしか見えない長閑な雰囲気だ。

(16)亀岡→園部 2207M 快速
 僅か3分の接続で後続の快速・園部(そのべ)行に乗り換え。 車輌は、先ほど乗った列車と同じ113系の4両編成で、塗色も同じ。 快速と言っても、亀岡〜園部間は各駅に停車するので、今後予定通りに乗り継ぐことができれば、鳥取までの全ての駅に停車することになる。
 京都の113系電車の顔立ちはどことなくスッキリしている。 塗色の関係かと思っていたが、タイフォンにお椀状のカバーが取り付けられているためであることに ようやく気付いた次第。
乗車すると、先ほど円町駅で見かけた小学生と思われる団体客と遭遇。 またこの集団か・・・と言ってみても仕方がない。 幸い やんちゃな見かけに反し、乗車マナーが良いお子様たちでだった。

 千代川(ちよかわ)では、5096M 特急たんば6号との交換待ちで3分停車。
 やってきた183系電車のヘッドマークが特急まいづるのものだったので???となったが、特急まいづる6号と併結しているのですな。
 そんなことすら知らない超地元派のニモ5は、2パン車なのに交流区間よろしく後パンタのみで集電する特急車など、出雲の方とは違った扱いに興味津々。
 列車は定刻の13:45、次に乗車する1135Mの待つ園部に到着した。

(17)
園部→福知山 1135M 普通

113系5800番台のドアスイッチと手動開閉用の取っ手
後付けだからとは言え、もう少しカッコ良く仕上がらないものか・・・
園部では、僅か2分の接続となるが、同一ホームの反対側なので余裕がある。
しかし、4両編成の列車から吐き出された乗客の多くが、2両編成のワンマンカーに乗り換えるので一気に混雑した。 もっとも立ち席でも苦にはならないので、またしても運転席の後部に陣取って前面展望を楽しむ。 
 この列車は、福知山(ふくちやま)から北近畿タンゴ鉄道(KTR)に入る宮津(みやづ)行。113系電車にワンマン化改造を施した5800番台。2両編成のどちらもが電動車なので走行性能は良さそうだ。 下り方に連結されるクモハ112は2パンタ車で、両パンタとも上げている点が、先ほど見た特急車とは違う扱いだ。
 KTRには乗車したことがないので、時間に余裕があればそのまま乗っていきたいのだが、今回は そういう訳にはいかないので、福知山までで失礼する。
 列車は 定刻の13:47に出発。 次の船岡(ふなおか)駅ではホームの日陰部分に雪が積もっており、その先の区間では進むに連れて雪の量が増えていった。
 園部を出て4つ目の停車駅胡麻(ごま)では、特急列車の追い越しと交換待ちのため13分間と長い停車があり、写真を撮るのに都合がよい。 どうせ降りるのはニモ5だけかと思いきや、愛煙家の皆さんがこぞって降車。 ホームの喫煙場所は暫し憩いの場所となっていた。

14:02着〜14:15発 胡麻駅にて

駅裏の畑は白銀の世界

5043M 特急きのさき3号に追い越され・・

5046M 特急きのさき6号と交換して出発

 線形の悪さもあってスピードもそこそこしか出ないが車窓の雪景色を眺めるのには都合がよい。 
 下山(しもやま)の先から由良川の流れに沿ってカーブが連続する様子は伯備線とよく似ていが、綾部(あやべ)から先、福知山(ふくちやま)までの区間は非常に良い線形の複線区間となっており、見違えるような走りとなった。
 乗車ラスト区間。 列車は真新しい高架橋に駆け上がり、14:59、去年11月に高架開業したばかりの福知山駅2番のりばに到着した。
 この列車は18分停車した後、KTRに入り宮津まで行く。 

2005.11.26高架開業 新装 福知山駅

高架開業した福知山駅は独特の風貌(南口)

地上駅時代のホームを垣間見ることができた

(18)
福知山→豊岡 437M 普通
 20分間の乗換え時間は長いようで短い。 高架となった新しい駅前に出てみたものの、駅南口の都市整備はこれからという感じだ。 国道9号線の方まで行くと、既存の街もあるのだが中途半端に時間を食うと乗り遅れてしまうので無理して出かけず、駅にとどまった。
 新しい駅の北口の整備は、地上駅の施設撤去が終了してからということになるので、完成まで まだ相当の時間を要するであろう。
 南口から駅舎に戻ると、地上駅の撤去作業現場へ通ずる通路の扉が開いているのを見掛けたので、失敬して覗かせてもらった。 静まりかえってうら寂しい気配が漂っているが、これはかつての福知山機関区、客車区諸々を総合した広大な駅を知っている者の郷愁だろう。

 出発時刻近づいたので、ホームへ上がってみると、先程乗り付けた宮津行(KTR内では215M)とこれから豊岡までお世話になる437Mが隣り合って停車中。 目的が同一で同じ型式の車輌に由来するため、下り方から見る分には塗色を除いては見分けが付かぬほどよく似ているが、その反対側は全く違う顔をしている。


近代希に見るブサイクな電車として名高い
クモハ113-3800番台車 (養父)
 クモハ113-3800番台車は その風貌の見窄らしさで名高いが、車内を見るとワンマン車として とても機能的であり、使い勝手の良い車輌であることが一目瞭然だ。
 前面窓を仕切るピラーこそ太いものの 客室内からの前面展望も良好で、その辺りも楽しめそうだ。 余計なお世話かも知れないが、骸骨のような保護板はともかくとして、運転台前面の窓が103系電車のように 横に一体化したデザインだったならば もう少し良い評価を得ることが出来たのかも知れない。
 また、運転室と客室との仕切に はめ込まれているガラスには ルミスティーが貼ってあるらしく、運転席の足下の方を見ようとするとスモークが掛かって見ることができない。 何故そこまでして足元を隠を隠す必要があるのかは、凡人には理解できないww

 15:17 まずは、217Mが出発。 続いて、この度 乗車した城崎温泉(きのさきおんせん)行437Mが 15:19の定刻に出発した。 駅を出ると右にカーブしながら高度を下げ、あっけなく地上へと下りてしまった。 

上川口で5048Mと交換
 2条の線路が並んだ左側を走る。 複線区間のようにも見えるが 右側の線路はKTRで、福知山を先に出発した215Mが荒川かしの木台(あらがかしのきだい)に停車しようとしているところを追い抜いていった。
 最初の停車駅である上川口では、5048M 特急きのさき8号と交換する。 窓下の赤帯が余計に付いているのが目障りではあるが、国鉄色が今なお健在というのは羨ましい限りだ。

上夜久野駅前のようす

 京都府と兵庫県の府県境には豪雪で有名な夜久野(やくの)峠という難所があり、山陰線もトンネルで抜いてはいるもののその峠を越えて但馬の国に入る。
 峠の手前の駅上夜久野(かみやくの)では積雪40〜50cmぐらい、除雪されて積み上げられた雪山が駐車場のあちらこちらに そびえていた。 

雪深い養父では3026Mと交換
 播但線との分岐駅である和田山を過ぎると一段と雪の量が増してきた。 養父(やぶ)では、3026M 特急北近畿16号との交換待ちで6分停車する。 
 停車時間を利用してホームへと降りてみたが、ここでも屋根のある部分を除いて30cmもの積雪がありビックリ!
 左の写真を撮影後、すぐに電車に乗り込もうとして雪に填った件・・・・

 下車駅となる豊岡の一つ前の国府(こくふ)に停車するころには日も傾き、初日の出以来ずっと照り続けていた太陽も山の稜線に掛かろうとしている。 5050M 特急きのさき10号との交換待ちで3分停車。 重厚な装いの国鉄型特急車は暮れゆく雪原を駆け抜けていった。
 16:31 豊岡に定刻着。 次に乗る181D(キハ47が×2)が、同じホームの向かい側に入線していたので、重量級の荷物だけを載せ替え 駅前まで出てみた。
 駅前の道路は除雪してあるので雪はないが、緑地とか線路用地には30〜50cmほどの雪がある。 売店の人に聞いたところ、これでも半分ほどに減ったというのだから、相当なものだったようだ。
 あの時は、列車の遅れや運休が相次いだが、1m級の雪が一気に積もったのならそれも仕方のないことだったであろう。
 駅では、臨時のカニ寿司売り場が出ていたが、カニ寿司といえば浜坂と決めていたし、先ほど覗いた181Dの車内は既に半分以上の座席が埋まっていたことから買うのを躊躇した。

特急 北近畿11号 ビッグXネットワークの草分け

KTRタンゴ・ディスカバリー同志のKiss

(19)
豊岡→浜坂 181D 普通
 発車時刻が近づいたので 列車に戻ると、乗車率は90%ほどと満員御礼状態となっていた。 先ほど先行した3021M 特急北近畿11号からの乗換え客が相当あったと思われる。
 相席となった方は 神戸から来られたとのことで、今夜は竹野(たけの)でカニ三昧だと言う。
 ここから2駅先の城崎温泉までは 特急が頻繁に往来しているが、そこから先となると主な移動手段は普通列車となり、昼間の優等列車といえば 播但線経由の特急はまかぜが3往復あるのみで、お世辞にも便利な区間とは言えない。
 冬場のカニが有名なのは、竹野・佐津(さつ)・香住(かすみ)ぐらいまでなので、普通列車でフィードしても苦になる距離ではないので、こうやってローカル列車にも観光客が大挙して乗り込んでくるということだ。
 ちなみに相席氏の風体は ヤ●ザそのものだw そのおかげか、満員御礼の混雑にも関わらず このボックスは2人だけで占領できているwww
  話してみると とても気の良いお爺ちゃんで、同行のお孫さんとお風呂にはいるのが楽しみ。とお酒の香りが漂う息で聞かせてくれた。 他の乗客もほとんどは、関西からの観光客なのだろう。 大人も子供も今夜のお楽しみが目前ということもあって とても賑やかだ。

 満員の列車は、エンジン音も高らかに 定刻の16:43に豊岡を出発した。 市街地を抜けると円山川に沿って北上する。 川幅が広く、とても穏やかな流れで 鏡のような川面に向かいの山の姿を映し出す 山陰線のなかでも独得な美しい車窓風景だ。 普段は穏やかな円山川だが、一昨年秋には 度重なる台風による大雨で氾濫し、豊岡市と周辺では甚大な洪水災害を被った。 これほどの太さの大蛇が暴れ出したら盆地の豊岡ではどうすることも出来なかったであろう。

 最初の停車駅玄武洞(げんぶどう)では客の乗降はなかった模様。 向かいのホームを見ると、除雪してない部分には50cmを越えるほどの積雪があった。 駅名標の脚はほとんど隠れており、伯備線の最高地点と同じぐらいの雪が残っていることになる。 やはり、この冬の降雪量は並みじゃない・・
 半自動ドアとワンマン運転が珍しいのだろう。 乗客たちは停車駅での運転士の所作に興味津々。 おいおい、運転手出て来たで。なんかあったんかいな? とか 運転手がきっぷ集めよるで。 だの 戻って行きよるで。 と一挙手一投足を実況するのがいかにも関西風だが、運転士にしてみれば随分やりにくかろう。

 城崎温泉を出て 長いトンネルに入ったところで相席氏が隠し持っていた(?)ワンカップを開けようとしたので、次が竹野ですよと教えてあげたのと同時に、別の席からお爺ちゃんを呼びに来たお孫さんに悪行が見つかってしまい、現場(ここ)に駆けつけた家族から味噌クソ言われていたww
 竹野に到着すると、半分以上のの乗客が立ち上がり 賑やかに下車してしまった。 相席氏は お孫さんに手を引かれ、帽子を右手でちょいと持ち上げ後ろ姿で去っていった。

柴山駅から見える日本海(柴山港)
 対向式となっている反対側のホームには、冬の味覚を堪能し 6D 特急はまかぜ6号で帰阪する乗客が大勢で列車の到着を待っている。 こちらは鈍行で、あちらは特急だが、観光のステータスで比較すると日帰りじゃない分こちらの方が上か?w
 程なくして交換列車の特急はまかぜ6号が到着し、一気に静かになった車内はエンジン音だけが響いている。
 その後も、停車の度にカニ客を降ろし、各ボックスに1人ずつが座っている程度。  日も暮れてしまい、退屈な時間が流れるようになると、停車する小駅の様子だけが楽しみとなる。

 すっかり暗くなった17:29 定刻に香住に停車。 数少ない貴重な乗客も ほとんど下車してしまった。
 交換待ちのため6分停車するという。 何度か通ったことのあるこの駅だが、駅舎の外の様子を見たことは一度もないので短い時間ではあるが駅前まで出てみた。 閑散とした駅前駅前広場。でっかいカニツメのオブジェがww ツメには、またきてね 香住町と書かれている。 カニ観光に懸ける自治体の願いがこめられている。 このカニツメであるが、大きさ、開き具合とも 子供をまたがらせて記念撮影をするのにちょうど良さげだw
 時間がないので、そそくさと列車へ戻る。 反対列車の182Dが到着し、信号がG現示に変わる。
 香住の次、鎧(よろい)を出ると程なく餘部(あまるべ)橋梁を渡る。 延長310m、地上高41mと国内最大のトレッスル橋で、1912年に完成した。 この完成により山陰東線と山陰西線を隔てていた香住〜浜坂間が開通した。 こうして既存の 京都線、阪鶴線の一部と併せ、京都〜出雲今市(いずもいまいち)間の山陰本線が全面開通に漕ぎ着けた.。
 騒音防止のためゆっくりと鉄橋を渡る。 眼下には集落の明かりが広がっているが、外は真っ暗で 日本海の景色を楽しむことは出来なかった。

豊岡車の座席には水色のカバーが掛けられている
 餘部駅は、鉄橋の西側すぐに設置されており、地元集落からは険しい山道を登って来なくてはならないので 住民には敬遠されているようだが、カメラと三脚を担いだ乗降客がやたらと多い駅だ。
 駅は1面1線の停留所であるが、上り方向には1986年12月に発生した列車転落事故を契機に、餘部橋梁の風速規制を列車に伝えるための出発信号機が設置されている。
 正月休みで訪れた旅人が作ったのであろう、ホームに積もった雪で作った小さな雪だるまが列車の明かりに照らし出されていた。
 ラスト区間、10名ほどの客を乗せた列車は定刻の17:59 浜坂駅に到着した。

 次に乗車予定の543Dは18:13の入線なので重い荷物を載せかえることもままならず。
 ずっと楽しみにしていた駅前のコンビニ、コスモス・ヨネダに米田茶屋特製の浜坂名物かに寿しを買いに行ったのだが、残念なことに売り切れだった。
 考えてもみれば、客数が激減するこれ以降の時間帯まで在庫しているようでは けっして良い商売をしているとは言えないわな。
 仕方がないので、おにぎりとビール、少量のおつまみを所望して駅に戻った。
 駅前には、今では珍しくなった顔出し式カブリモノ記念写真台(仮称)が設置されていた。 ここでも やはりメインはカニなのだが、一緒いるイカの形状が、いかにもイカ臭げな物体に酷似しているのはいかがなものかと・・・・www 

(20)
浜坂→鳥取 543D 普通
 18:13、折り返し543Dとなる542Dがキハ47とキハ33の2両で到着。
 先ほど浜坂まで乗ってきた181Dからの乗換え客と、542Dから181Dの折り返し184D豊岡行への乗換え客が、入れ替わるもその数 合計5〜6名ほどで、残りは全員浜坂で下車してしまった。
 せっかくなのでキハ33に乗り込む。 この型式は、国鉄末期の1988年に余剰となったオハ50型客車を種車に廃車発生品と250馬力エンジンを搭載し、コスト削減を目指して製造された気動車だが、改造箇所が多いために費用が嵩んでしまい、新造コストを削減する効果は期待したほどではなく、改造は2両にとどまり現在に至るという希少なものだ。

 6分ほど停車して折返し浜坂を出発。 キハ33は低いエンジン音を響かせながら暗闇を進んでいく。
 島式ホームの多い鳥取までの区間。 ホームは右側になることが多く、運転士は停車のたびに運転席から降りて、右側のドアを手で開けて後方確認をし、運転席へと戻っていく。 定められた一連の作業とは言え、どの駅も乗降客はいないのに ご苦労なことだ。
 
 鳥取のひとつ前、福部(ふくべ)で544Dと交換する。 この列車には浜坂での接続列車がない。 日中運転されるこの区間の列車には、数本こういった浜坂以西のみのダイヤが組まれているが、相互の乗換え客はお世辞にも多いとは言えないので問題ないのだろう。
 福部を出発して10分ばかり走り、滝山信号所を通過すると少しずつ街の明かりが増えてゆき、そのうち高架に駆け上がる。 列車は、19:03 定刻に鳥取へ到着した。 下車した乗客は10名ほどで、その殆どは全区間を乗り通したものと思われる。

(21)
鳥取→米子 3435D 快速 とっとりライナー
3分の接続時間なので、慌ただしくとっとりライナーに乗換える。 西出雲までは まだ160kmを残しているものの、キハ126の姿を見ると庭先まで帰ってきたような気分になる。
 列車が出発する4番のりばの奥にはもう1条の線路があって、西端附近には DE15型ディーゼル機関車がラッセルヘッドを装着した状態で留置されていた。
 反対列車の 2022D 特急スーパーまつかぜ12号の到着がずれ込んだため、2分遅れの19:08に出発。
 ワンマン運転のため、客の多くは前の車輌に乗っているので、後の車輌のドア付近にあるロングシートに陣取った。
 鳥取大学前から先は、乗ってくる客もいないだろうから、お向かいの若い女性に失礼してゴロンと横になる。
 今日一日の疲れと 先ほど飲んだビールの軽い酔いで、軽快なジョイント音を子守歌に松崎(まつざき)あたりまで眠り込んでしまった。 倉吉(くらよし)では、4レ 寝台特急出雲との交換があるので、撮影機材を準備しているとき、ふと気付くとお向かいさんもC寝台で眠っておられたww
遅れはすでに解消しており、交換する4レとほぼ同時に倉吉駅に入線した。 この駅では後の車輌のドアも開くので、カメラを載せた三脚を片手にいそいそと列車から出てゆき、30秒間ほどで撮影。
 そして再び列車に乗り込んだら間もなく出発。
 この先の区間には楽しみらしい楽しみもないので、またC寝台で惰眠を貪る。

 気がついたら、終点 米子のひとつ前の停車駅、伯耆大山(ほうきだいせん)だった。
 都合1時間ほどよく眠ったためか、丸一日列車に揺られ続けたのに疲れはあまり感じない。
 20:32 定刻に米子へ到着した。 16分の乗換え時間を利用して駅にあるHeart-inへ食料調達に赴く。

(22)米子→出雲市 147D 普通
 これといって食指を動かされるようなものに巡り会うことはできず、おにぎり2個と缶ビール2本、おつまみを買い込んで再び入場。
 ちょうど 1033M 特急やくも23号が入線するところだった。 この列車で出雲市まで行くと24分ほど早く到着できる勘定になるのだが、その先の接続列車がないので鈍行だろうと同じことだw


キハ47更新車には戸袋窓がない

車内のようす
 2両のキハ47で編成されているが、どちらも更新工事施工車で、ドアはボタンを押して開閉するタイプだ。
 車内は、窓2列分のクロスシート以外はロングシートとなっているが、全部が横掛けとなるよりは選択の幅があるぶん遙かにマシだ。
 どうせ出雲市まで乗り通すので 小駅でのドア扱いをしない 後の車輌に乗り込み、2エンド側車端部のロングシート部分に陣取る。 この場所には、機器収納の関係でシートの横が大きな平台となっているので、缶ビールを置いて 少々おやつを広げようと問題ない。・・・先ずはおにぎりを頬張り腹ごしらえ。
 列車は、ニモ5が食事中の20:48に米子を出発した。 乗客は、前の車輌に多いが全部で30名弱ぐらいか・・・
 安来(やすぎ)を出発したところで、パブタイムに移行するwww ロングシートなので、流れゆく風景を肴にすることが出来ないのが残念だが、今日一日の旅の成果に乾杯し 1本目を一気に開ける。 実に美味いっ!
 あとは、乾きモノをポリポリとつまみながら、残る1本をゆっくりと愉しんだ。
 運転区間の途中最大の駅である 松江での乗車は予想外に少なく、車内はすっかり閑散としてきた。 空き缶と空き袋を片付け、平台に突っ伏して寝に入る。
 目覚めたときには、終点出雲市の手前の停車駅、直江(なおえ)で停車中だった。 この駅で交換する148Dを迎えるとエンジン音が高くなり ゆっくりと出発。 列車は、終点出雲市まで定時運転を続けた。


上りの最終便150D。本日は、キハ47の安来節ラッピング車
 定刻の22:02に出雲市駅3番のりばに到着した。 同じホームの向かい合わせ4番のりばには、次に乗る367Dとなるキハ120が暖房維持のためにドアを半開きにした状態で停車中。 反対側のホームの2番のりばには 上り150Dが出発を待っている。
 147Dは、すぐに西出雲へと回送され車庫に入る。 どうせならもう一駅ぐらい乗せてくれてもと思うのだが、それだけでも経費増となるらしく、おいそれと客扱いするわけにはいかない事情もあるらしい。
 出雲市駅は北口の造りに特徴があるため、南口が紹介されることはほとんど無い。
 南口には、タクシーのりばと小さなロータリーの周りに簡易駐車スペースがあるぐらいで、近隣にはビジネスホテルと文化ホールビッグハート出雲がある。
 何故かは知らぬが、駅舎完成時より駅名を浮き上がらせるバックライトが切れることが多く、本日も多分に漏れずJR出雲市JR出雲市となっていたw

(23)
出雲市→西出雲 367D 普通
この列車は、1035M 特急スーパーやくも25号の到着を受けて出発する大田市行の最終便である。
先ほど降り立った3番のりばに1035Mが入線すると、運転士はホームに降りて乗換え客がいないかどうか確認している。 1人だけだが乗換えがあり、運転士も乗り込み出発の時を待つ。
 22:15 定刻に発車。 たった一駅だけの乗車だが、この旅を締め括る記念すべき列車だw
この列車との交換を待つ上り338Dのヘッドライトが見えてくると西出雲だ。 運転士にきっぷを見せて下車。
 列車23本を乗り継いだ今回の旅は是を以て無事終了した。


1月1日の行程


駅 名
停留所
発 着
時 刻
列車番号・列車名 使用車輌
編成
停車
駅数
乗車
距離
実乗
時間
運賃
料金
備考
10 三ノ宮 6:05 704K
快速
223系
12両
34.4 0:23  
新大阪 6:38
11 8:00 1110B
普通
201系
7両
3.8 0:05 鉄軌星斗氏とミニオフ
吹 田 8:05
12 8:33 1123B
普通
207系
7両
3.8 0:04
新大阪 8:37
13 9:49 3220M
新快速
223系
12両
39.0 0:36 京都13分延着
京 都 10:25
14 10:55 1235M
普通
113系
4両
5.8 0:09  
円 町 11:04

西ノ京円町 11:09 京都市交通局
市内バス 205系統
0:09 220  
金閣寺道 11:18 金閣寺参拝

12:07 京都市交通局
市内バス 204系統
0:05 220
北野白梅町 12:12 北野天満宮参詣

12:53 京都市交通局
市内バス 204系統
0:03 220
西ノ京円町 12:56  
15 円 町 13:04 1243M
普通
113系
4両
14.4 0:18  
亀 岡 13:22
16 13:25 2207M
快速
113系
4両
14.0 0:20  
園 部 13:45
17 13:47 1135M
普通
113系
2両
13 54.3 1:12 ワンマン
福知山 14:59
18 15:19 437M
普通
113系
2両
10 59.9 1:12 ワンマン
豊 岡 16:31
19 16:43 181D
普通
キハ47
2両
10 49.5 1:16 ワンマン
浜 坂 17:59
20 18:19 543D
普通
キハ33+47
2両
32.4 0:44 ワンマン
鳥 取 19:03
21 19:08 3435D
快速 とっとりライナー
キハ126
2両
11 92.7 1:24 鳥取2分延発
ワンマン
米 子 20:32
22 20:48 147D
普通
キハ47
2両
12 61.6 1:14 ワンマン
出雲市 22:02
23 22:15 367D
普通
キハ120
1両
4.8 0:05 ワンマン
西出雲 22:20
14 JR列車合計 81 456.0 9:02  
その他 合 計 0:17 660  



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この旅で頂いたものや買い求めたもの


使用済みの青春18きっぷ
2日目・3日目で使用
集めた途中下車印
新見・高松・日生・西相生・相生・三ノ宮・新大阪
円町・福知山・豊岡・香住・浜坂・米子・出雲市

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( Last updated 2006/01/27 )